gin1103
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日々はあけぼの

スタバ大好き病院勤めの人間。日々の出来事や事件を徒然なるままに書いていくスタイル。Twitter:@gin3011

昔から色んな人達が話しているテーマ。「結果と過程のどちらが大事なのか」

日記 勉強 仕事 病院


RPGダンジョンみたい。
ただのランドマークタワーなんですけどね。





昨日の記事を読み返して改めて考えたことがある。
読んでない人は1つ戻って読んでみてほしい。



自分が目標を立て、そこに向かって何かしらの行動を起こし目標達成を目指す。

しかし、結果を出せる人とそうでない人の2つに必ず別れる。


昔から色んな人達が話しているテーマ。

「結果と過程のどちらが大事なのか」

みなさんはどちらが大事だとお考えだろうか。


そもそもこの2つはどちらも重要だろ、と自分は思ったり。比較することがあんまり意味ないのかなぁと思ったり。ま、それはそれは一先ずおいておき。。。


どちらかに優劣をあえてつけるなら自分はこう考える。


・学生時代は過程が大事。社会人は結果が大事。

似たような意見を持っている人は多いかもしれない。



大きな失敗できるのは学生の時だけだと思う。
何かしらの保証をしてもらえる立場だ。
極端な話で言えば、殺人を犯しても少年法という気にくわないものが守ってくれる。

失敗と言っても様々だろう。
人によっては受験、とある人にとっては部活の大会、はたまた恋愛による失恋もそうだ。

そこで得た辛い経験から立ち直る方法を1つ1つ学んで成長する。ケガをしないように転ばないことは重要だが、転んだ時に起き上がる方法も学ばなければいけない。また、あの時こうしていれば。。。と振り返ることで結果を出すために必要なこと、不必要なことも考える機会になる。

逆に成功体験も勿論大切だ。
自分が設定した目標に向かって行った努力は間違っていなかったと自信を持てる。加えて自分の計画性も評価できる。


そう考えれば、結果の優劣を置いておいても十分後に残る経験を過程から得ることはできる。




対して、社会人。

ここはやはり結果で実力を証明していかねばならない。当たり前やろがい!というツッコミはさておき。

例えば、サラリーマンがプレゼンのために分かりやすい資料を膨大な時間を割いて作成しても本番でしどろもどろになってしまって伝わらなかったら意味ない。

うちの業界で言えば、

「この医学書に書いてあることは勉強して全部頭に入ってます!」と自信満々になっていたとしても目の前で患者が急変した際にビビって動けかったら勉強して得た豊富の知識も意味ない。


結局、「あの人、頑張り屋なんだけどねぇ。。」みたいな評価を受ける。


年をとるほど、キャリアを積むほど失敗ができなくなる。それは自分のプライドだったり、家族のためだったり、原因は様々。

何より1つのミスで職を失うことが大いにある訳だ。
どんなに普段頑張っていたことをアピールしたとしてもミスしたことは消えない。

改めて、、社会人辞めて〜と思ったが←

結果さえ出せば文句を言われることはない。
求められる以上のことをすればそこそこ評価される。
そこだけはシンプルで分かりやすい。


たまに承認欲求が異常に高いやつを見るが、与えられた仕事をただこなしただけで褒められたいと思ってるなんて、とんだ甘ちゃんであるといつも思う。

何かの職についている時点で端から見たらその分野の専門、プロと見られるのは当然なのだ。
与えられたノルマをやるだけで褒められるのは小学生の宿題だけだ。そもそも他人に褒められたいから仕事をしているのではない。


少し話がそれた。


過程にしろ、結果にしろ、指標を他人に合わせることだけはしてはいけないと思う。毎日毎日が自分との勝負であると自分は考える。



大変な状況に陥った時にひょっこり出てくる弱い自分。

「今日は仕事で疲れてるからもう寝てしまおう」

「自分のミスじゃないことなんだから言い訳してやり過ごせばいいよ」

「何となくやる気でないからテキトーに処置しようかな」


気分が乗らないという曖昧な言い訳に逃げたくなる時。誰にでもあるのではないだろうか。
そういう自分が顔を出した時こそ、もう一踏ん張り。
その繰り返しが、良い過程と良い結果を作り出すと考えている。

弱い自分に負けない様に今日も明日もがんばるぞい!ということでまたもや無理矢理まとめる。


9月なのにまだまだ暑い!


ではでは:)