gin1103
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日々はあけぼの

スタバ大好き病院勤めの人間。日々の出来事や事件を徒然なるままに書いていくスタイル。Twitter:@gin3011

「練習も本番も適当にやれ」"適当"と"いいかげん"は別物である。結局は肩の力を抜けた奴が1番のパフォーマンスをする。

日記 スポーツ 楽器 ロック ギター ベース


日本武道館。そう大学生の頃。バンドをしていた時にステージにたったことがある(超嘘)
あの時の景色は死ぬまで忘れない(超絶嘘)




バンドやってた人は誰でも一度は夢見ないだろうか。
武道館でのライブを。あれ、自分だけ?


昔々、社会現象になったアニメ「けいおん」のキャラクター達も目指していた。まさか中の人達が武道館でライブするとは思わなかったが。


大学生の頃、50〜300人キャパの様々なライブハウスでライブをした。規模に限らずオーディエンスの前に出た時の高揚感というか、なんというか。その時の感情はうまく表現できない。

人が埋まっている時もあればスッカスカの時もあり、、、いや、スッカスカの時の方が圧倒的に多い。

ハコの大きい小さいはあれど、

「視線を感じる」

という体験をステージ上ではできる。


自分は1度だけ、1000人規模を収容するZepp会場のステージに立ったことがある。観客は満員。2000人近かったはず。

もちのろんろん、自分がライブをしていた訳ではない。好きなバンドのライブに行った時だ。ライブの流れで観客をステージ上に呼ぶ企画があった。


その時に感じた。
まさに"刺さる"という表現がふさわしい観衆の視線。
そして、後から波のように自分に押し寄せる様々な他人の感情。



「いいなー!バンドメンバーとあんなに近い!」

「自分が行こうと思ったのに!」

「調子のってメンバーの邪魔したらぶっとばす」


などなど、こんな思いを乗せたであろう視線達がグサグサ自分に刺さる刺さる。


こんな観衆の前で演奏できることは幸せであると同時に大きなプレッシャーでもあるのだなぁ、と強く感じた時であった。


プロフェッショナルな人達はそのプレッシャーを楽しみに変換させるのだという話を良く聞く。


言葉にするのは簡単だが、実践するとなると話は変わってくる。「本番は練習の様に。練習は本番の様に」
というスポーツの指導者達がよく言う格言があるが、自分はこの言葉があまり好きではない。

本番=練習の式が成り立つ訳だが、明文化すると2つを意識してしまって尚更違うものだとイメージしてしまうと自分は考える。

だから、自分はこう言う。

「練習も本番も適当にやれ」
"適当"と"いいかげん"は別物である。結局は肩の力を抜けた奴が1番のパフォーマンスをする。



本番で100%を出せる人

本番で50%しか出せない人

本番で120%を叩き出す人


練習だとすごいのに。。


という言葉ほど虚しく意味のない言葉はない。
結果を出してこそ、評価される。
その過程は評価されないのか?と言われたら他者からは評価されないとしか言えない。
結果を出すことができなかった過程に意味色合いの付加価値を付けてあげられるのは自分だけだ。


さて、今週も頑張れば祝日がある。
やることは盛りだくさんの巻。


ではでは:)