gin1103
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日々はあけぼの

スタバ大好き病院勤めの人間。日々の出来事や事件を徒然なるままに書いていくスタイル。Twitter:@gin3011

旅立った人達の顔を見ると「人として幸せな最期なのではないだろう」か、とも思えてしまう。


虹が見えると何かラッキーな気分になるのは何故だろう。








インフォームドコンセプト。

この単語をご存知だろうか。

「医師から十分な説明を受けた上での患者の同意」

という意味をもっている。
今となっては患者に対して情報開示をすることは当たり前だったが、一昔前は患者に対して余命宣告や癌の告知をすることは敬遠されている風潮があった。


しかし、自分の身体のことを自分が知らされないなんてことはおかしな話である。病状を知った上で、余命を知った上で治療に臨むのは当然であるとは思う。

患者の中には、病名を告知されたくないという人もいるので、その場合は敢えて教えないという処置も取られる。




今日何が言いたいかというと、患者への説明を十分せずに治療を行っている医師が残念ながら多いということだ。

自分が末期ガンだったとしよう。

医師から

「余命は1年以下だと思います」

と言われたとする。

「抗ガン剤を使いますか?」

という提案をされる。

この時点で選択肢を二択に迫られる。

しかし、患者側はもう一歩踏み込んだ質問をしなければいけない。それは、

「抗ガン剤を使って寿命は伸びますか?」

ということだ。
もちろん聞かなくても答えてくれる医師はいる。
だが、患者が聞かないから教えなかった、と平気な顔して言う医師もいるのも事実だ。


過去に「余命が3ヶ月以下」なのに、「頑張れば1年は生きれる」といい加減なことを伝えていたバカ医師を見たことがある。
本人に真実を言うのが気まづいだとかふざけたことをぬかしていたから逆に印象的だった。


余命を見極めるのは確かに難しい。
余命3ヶ月と言われた人が1年以上生きるというのも全然ある話だ。だが、患者をぬか喜びさせる様な発言には賛同できない。

このパターンでいうなら

「余命は3ヶ月以下だと思われます。ただ、治療次第で1年ほどに延命することは可能です」

これが本来あるべき情報開示ではないだろうか。

抗ガン剤を使った延命は意味がない、という人もいるが全ケースそうとは言い切れない。

例えば余命は3ヶ月だが、

半年後に子供の結婚式かある

1年後に孫が生まれる予定だ

などなど、本人が延命したい理由があるならばそれは厳しい副作用と戦う糧になる。


命を賭けた目標ができた時の人間は強い。


自分が見てきたケースでは大半が宣告された余命を更新して目標を達成していった。


それと同時にその大半が目標日を超えたあと1ヶ月以内に安らかに旅立つ。旅立った人達の顔を見ると「人として幸せな最期なのではないだろう」か、とも思えてしまう。それほど安らかな顔をしている。


自分が納得した最期を迎える。
それは勿論自分1人の力では無理な話で。
これを考える上で、医療者側からの情報提供というのはまさにベース、土台になるものだ。
だからこそ、自分の保身など考えずありのままの事実を伝えていかなければいけない。
言うのを無駄に躊躇っていては誰も幸せにならない。


当たり前のことを当たり前にやれるように
今日も1日がんばるぞい。


ではでは:)